ラベル 91.京都 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 91.京都 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年8月9日日曜日

日本初の水力発電所「蹴上発電所」を建設し、京都に日本初の市街電車を走らせた「高木文平」の生家跡を訪ねました

「高木文平」は、京都電気鉄道を設立し初代社長を務め、京都市内に日本初の市街電気鉄道を走らせました。文平の偉業はこれだけでなく、琵琶湖疎水の工事には当初から関係し、田辺朔郎とともにアメリカに渡って水力発電技術を持ち帰り、日本で初めての水力発電所「蹴上発電所」の建設にも尽力して、発電した電力を電気鉄道の動力源とするなど日本の近代化に大きな礎を残しました。その後も宇治川発電所の建設にも尽力して「電気王」と称されました。

高木文平生家前に立つ頌徳碑

2020年8月6日木曜日

京都寺町今出川上ルの「阿弥陀寺」には本能寺の変で散った織田信長父子と森蘭丸等家臣の本廟があります

「阿弥陀寺」の開基「清玉上人」は、幼少の頃に母を亡くし尾張の織田家に育てられました。仏門に入った清玉上人は、やがて近江国坂本で阿弥陀寺を開基しました。その後、清玉上人は「織田信長」の帰依もあって、京都の今出川大宮付近に阿弥陀寺を移転しました。織田家と信長に対し、幼少以来の恩義を感じていた清玉上人は、本能寺の変の一報を聞くやいなや、すぐさま本能寺に駆け付け、信長父子と家臣達の亡骸を隠して持ち帰り、阿弥陀寺の墓所に葬って手厚く弔いをしたということです。その後、豊臣秀吉の京都の都市計画で阿弥陀寺を当地に移転した際にも、信長父子と家臣達の廟を大切に移転して、現在まで手厚く供養しています。

総門前の「織田信長公本廟」の石標

2020年7月27日月曜日

京都市南区吉祥院の「吉祥院天満宮」は数ある天満宮のうち日本最古に創建された天満宮です

学問の神様「菅原道真公」をご祭神としてお祀りする天満宮は、全国に約1万2千社あると云われていますが、「吉祥院天満宮」はその中で最も古くに創建された天満宮です。「吉祥院天満宮」が鎮座しているこの地は、京都の中心からは少し外れた住宅街の中の、あまり目立たない位置にありますが、ここは平安京遷都の際に桓武天皇に随行してきた道真公の曽祖父が、領地を与えられて邸を構え、後に道真公が生まれ育ったという由緒ある地です。

金のなで牛・くぐり牛

2020年6月22日月曜日

京都寺町鞍馬口の「西園寺」は明治の元勲「西園寺公望」の祖先「藤原公経」が創建しました。

「西園寺」は、鎌倉時代の公卿「藤原(西園寺)公経」が京都の衣笠山の麓の鹿苑寺(金閣寺)付近に真言宗の寺院として創建したことに始まります。衣笠山の鹿苑寺付近にあった「西園寺」は、その後京都市中の室町に移転した後、豊臣秀吉の「天正の地割」により現在の寺町の地に移りました。

本堂の「西園寺」の扁額 (西園寺公望書)

2020年6月15日月曜日

京都市北区出雲路の「天寧寺」の額縁門は比叡山を借景に一幅の風景画が完成しています

京都市北区寺町鞍馬口の「天寧寺」は、山門から東側を望むと境内の庭園風景に比叡山の稜線が借景となって、山門を額縁と見立てた一幅の風景画を成しているかのように見えます。この山門は「額縁門」と呼ばれています。「天寧寺」の屋根裏には、何故か今大河ドラマ「麒麟がくる」で一躍脚光を浴びている、「明智光秀」の位牌が隠されていたことでも知られています。

「天寧寺」額縁門

2020年6月8日月曜日

京都山科の西野山中臣町の「中臣遺跡」「中臣神社」「宮道朝臣列子墓(宮道古墳)」

京都市の東側に位置する山科は、三方を山に囲まれた盆地です。盆地の中央には東側に山科川、西側には旧安祥寺川が流れており、小野のあたりで合流する様は、京都の鴨川と桂川が流れる様と似ており、地形全体も京都盆地のミニチュアかのようです。この山科地区は旧石器時代から縄文・弥生時代、奈良・平安時代、そして現代に至るまで、多くの人々が住んで文化の足跡を残してきました。

中臣神社

2020年5月24日日曜日

京都山科の「花山稲荷神社」は三条宗近の名刀「小狐丸」ゆかりの神社です

京都市山科区の「花山稲荷神社」は、平安時代の刀鍛冶の「三条小鍛冶宗近」が崇敬した神社で、名刀「小狐丸」は、「宗近」が当社「花山大神」に祈願して、一心に打って仕上がったものです。「宗近」の「小狐丸」を打った仕事場の跡は「稲荷塚」と呼ばれ、刀鍛冶の聖蹟と崇められました。

東側参道の桜のトンネル

2020年5月13日水曜日

京都市上高野の「崇道神社」は冤罪を恨んで亡くなった早良親王をお祀りしています

京都市上高野の若桜街道(鯖街道)沿いに鎮座する「崇道神社(すどうじんじゃ)」は、奈良時代末期の「早良親王(さわらしんのう)」を御祭神として祀る神社です。早良親王は暗殺事件の首謀者として捕らえられ、淡路島に流される途中、無実を主張し冤罪を恨んで、抗議の絶食の末に亡くなりました。早良親王の死後、都では不可解な事件や疫病が流行し、早良親王の祟りと恐れられました。

一之鳥居

2020年5月2日土曜日

「養源院」は秀吉の側室淀殿が父「浅井長政」の菩提を弔うために創建しました

京都市東山区の「養源院(ようげんいん)」は、通し矢で有名な「三十三間堂」の東向いに奥まって建っています。「養源院」は、浅井三姉妹の長女で豊臣秀吉の側室となった「淀殿(よどどの)」が、父「浅井長政(あざいながまさ)」の菩提を弔うために建立しました。

「養源院」山門

2020年4月30日木曜日

京都東山の「法住寺」の身代わり不動尊はあらゆる災厄からお護りくださいます

京都市東山区三十三間廻り町の「法住寺(ほうじゅうじ)」のご本尊の「不動明王」は、「身代わりさん」と呼ばれ、あらゆる災厄から身代わりとなってお護りくださいます。
「法住寺」は、漫画「サザエさん」の作者「長谷川町子」が生前に本寺を訪れた際に、静かでいいところと気に入り、菩提寺として没後に遺骨の一部が分骨されました。

「法住寺」山門

2020年4月28日火曜日

京都山科西野山の急峻な地の山腹に産土神の「山科神社」は鎮座しています

「山科神社(やましなじんじゃ)」は、京都東山連峰の南端部の東側山腹の急峻な地に鎮座しています。この地の豪族の宮道氏(みやじし)」の祖神として、また「山科一之宮(やましないちのみや)」とも呼ばれ、この地の産土神として人々の崇敬を受けて栄えてきました。


2020年4月26日日曜日

忠臣蔵の「大石内蔵助」は京都山科の「岩屋寺」で秘かに時を待ちました

京都市山科区西野山の「岩屋寺(いわやじ)」は、境内に江戸時代中期に起こった赤穂事件で、主君の仇討ちの首領となった「大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしお)」の閑居跡があることで知られています。曹洞宗の尼寺で、本堂には「大石内蔵助」の遺髪や遺品なども安置し、「大石寺岩屋禅寺(おおいしじいわやぜんじ)」とも呼ばれています。

年参道入口の「大石大夫閑居跡」の標石

2020年4月24日金曜日

京都山科に忠臣蔵の「大石内蔵助」を御祭神として祀った「大石神社」があります  

京都市山科区の稲荷山の東麓に、「忠臣蔵」「大石内蔵助(おおいしくらのすけ・本名良雄)」を御祭神として祀る「大石神社(おおいしじんじゃ)」があります。毎年12月になるとテレビでは時代劇「忠臣蔵」が放映されます。「忠臣蔵」は江戸時代中期の「赤穂事件」を題材とした時代劇ですが、主君のかたき「吉良上野介」の仇討ちを成功させたのが、赤穂藩の城代家老であった「大石内蔵助」です。




2020年4月23日木曜日

働く女性の守り神「折上稲荷神社」境内にはご利益めぐりの稲荷塚も【京都山科】

京都市山科区中臣町の「折上稲荷神社(おりがみいなりじんじゃ)」は、「働く女性の守り神」として商売繁盛祈願など働く女性の崇敬を集め、多くの女性社長やOLが参詣に訪れ参拝者の90%が女性だそうです。女優や女性芸能人、女性タレントなどもお忍びで参拝しているということです。境内には「一生お金に困らない」などの様々なご利益が授かるご利益のデパートのような「稲荷塚」もあります。


2020年4月8日水曜日

京都上高野の「蓮華寺」の書院の縁側から庭を眺めていると時間を忘れます

京都市左京区上高野(かみたかの)の高野川のほとり、若狭路(鯖街道)沿いにひっそりと佇む「蓮華寺(れんげじ)」の庭園は、書院の縁側の前に池があり、池には舟石や亀石・鶴石が配置され、そして池の周囲には楓や松などの木々が配置されています。初夏には青もみじ、晩秋には紅葉が池に映え、縁側に座って眺めていると時間の過ぎるのを忘れます。


2020年4月5日日曜日

京都市岡崎の「平安神宮」「琵琶湖疎水」周辺の桜はみやびに咲き乱れていました

令和2年の春、新型コロナウイルスの影響で観光客が激減している、京都の観光の中心の左京区岡崎の「平安神宮」と「琵琶湖疎水」の周辺を待歩きし、桜の花を楽しんできました。もちろん「マスク」を着用し、自身の防御とともに他人に迷惑を掛けないよう、3密(密閉・密集・密接)に対して防御しつつ街歩きしました。

丸太町通り沿いの御辰稲荷神社の源平桜

2020年4月4日土曜日

京都市梅津の「梅宮大社」は酒造りと子授け安産の神様をお祀りしています

京都市右京区梅津の「梅宮大社(うめのみやたいしゃ)」は、初春に香り立つ梅の神社としても有名ですが、「子授け・安産」の神様ということでも崇敬を集めています。京都市内では子授け・安産の神様として「わら天神(敷地神社)」に次いで人気のある神社です。

二之鳥居

2020年3月25日水曜日

京都市山科区御陵の「天智天皇陵」と「後山階陵」、「後山階陵遺跡(たたら製鉄)」

京都市山科区の「御陵(みささぎ)」には、「天智天皇」の陵墓「天智天皇陵」があります。「御陵」という地名の由来はここからきています。また「御陵」には、仁明天皇の女御「藤原順子」の陵墓「後山階陵」があり、更に6~7世紀のものと云われる「たたら製鉄」の遺跡「後山階陵遺跡」もあります。

天智天皇陵

2020年3月15日日曜日

京都山科の「永興寺」は「承陽大師・道元禅師」ゆかりの曹洞宗のお寺です

京都市山科の山科疎水を「山の内橋」で渡ると、山縁に禅宗の曹洞宗の寺院「永興寺(ようこうじ)」があります。曹洞宗は、福井県の永平寺を大本山とする禅宗の宗派で、座禅により自らが悟りを開くことを教えとしています。境内の「山科豊川稲荷社」には、豊川稲荷神社の分霊の「豊川吒枳尼真天(とよかわだきにしんてん)」をお祀りしています。


2020年3月13日金曜日

京都山科「山科聖天双林院」の「聖天さま」は強大な法力でご利益が期待できます

京都山科の「毘沙門堂門跡」の塔頭「双林院(山科聖天)」「聖天堂」には法力の強大な「大聖歓喜天(聖天様)」が祀られていますので、一心に祈ることによって現世の願いごとを聞き入れていただけます。紅葉の穴場としても知られています。