2019年12月9日月曜日

京都市左京区の「法伝寺」は仏教のお稲荷さん「吒枳尼天」を祀っています

京都市左京区の「真正極楽寺真如堂(しんしょうごくらくじしんにょどう)」の境内の表参道を入って直ぐ左奥に鳥居が立ち、境内は玉垣で囲まれています。真如堂の塔頭寺院の「法伝寺(ほうでんじ)」です。お寺なのになぜ鳥居が? 鳥居の脇に立つ社標には「吒枳尼天(だきにてん)」と刻まれています。もともとは真如堂の稲荷堂でした。

法伝寺
法伝寺由緒(神仏習合寺院)

御祭神
吒枳尼天(だきにてん・仏教の稲荷神)
吒枳尼天像(弘法大師空海が彫ったと云われる秘仏)

創 建
順徳天皇(鎌倉時代) 

創建時期
順徳天皇の御代 承元4年(1210年)~承久3年(1221年)頃

境内社
庚申堂、他2社

所在地
京都市左京区浄土寺真如町82

「法伝寺」の境内は桜が見事です。枝垂れ桜や染井吉野が春には咲き乱れます。是非桜の季節に訪れてみてください。今回訪れたのは初秋の頃でしたので、残念ながら桜も紅葉もない風景となりました。以前訪れたのは桜の季節で見事な桜が楽しめました。

「法伝寺」の社標には「吒枳尼天」と彫られています。「吒枳尼天」とは仏教の神で夜叉(鬼神)の一種ともされます。「荼枳尼天」とも漢字表記します。

「吒枳尼」は、もともとはインドのヒンズー教の女神「カーリー」の侍女「ダーキニー」で、人肉を食らう夜叉(鬼神)とされていました。仏教に取り込まれてからは、「ダーキニー」は大日如来が化身した大黒天に調伏され、死者の心臓であれば食べることを許されましたので、人間の死を察知して死者の心臓を食らう夜叉とされていました。なお、「吒枳尼」は集団や種族を指す名でした。

吒枳尼は日本へは、平安時代に「空海」が伝えた「真言密教(しんごんみっきょう)」「胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)」の外金剛院・南方に配され、「奪精鬼(だっせいき)」として「閻魔大王(えんまだいおう)」の家来となっています。曼荼羅には3体の吒枳尼が描かれており、3体が半裸で血器や短刀・屍肉を手にした姿が描かれています。(少し分かりにくいですが、中央の一体は右手に人間の足を持っています。)

ファイル:Takao Mandala detail.jpg
胎蔵曼荼羅の吒枳尼(資料写真Wikipedia)
その後、時代が過ぎると「吒枳尼天」と呼ばれるようになり、真言密教の教主である「大日如来」の化身とまで崇められ、その姿は半裸のおぞましい姿から一変して、白い霊狐に乗った天女の姿として描かれ、「稲荷神」と同一視されています。

白狐にまたがる吒枳尼天(資料画像Wikipedia)
戦国時代には、各地の武将が城鎮守稲荷として「吒枳尼天」を祀るようになりました。

日本では「吒枳尼天」は仏教由来のため、ほとんどが仏教寺院で祀られています。有名な寺院では「豊川稲荷(妙厳寺)」、「最上稲荷(妙教寺)」などがあります。

なお、「伏見稲荷大社」などの日本古来の神を祀る稲荷神社では、御祭神として「宇迦之御魂大神(うかのみたまおおかみ)」をお祀りしています。

「法伝寺」は神仏習合の時代には、「吒枳尼天」と稲荷神を習合して信仰していましたので、「真如堂」の稲荷堂として祀られていたものが、明治新政府による神仏分離令によって「吒枳尼天」を稲荷神として祀られたものと考えられます。「法伝寺」「吒枳尼天」を祀る寺院としては日本最古とのことです。


法伝寺 一之鳥居
休憩所と狛犬
休憩所に飾られた三十六歌仙
二之鳥居
本殿
本殿には、弘法大師空海の作とされる「吒枳尼天像」が安置されているとのことですが、秘仏となっているため拝観することはできません。なお、本堂の裏には「吒枳尼天」のお使いの狐が出入りするハート形の穴があるそうですが残念ながら見ていません。

本殿内天井
境内社「庚申堂」他2社

「庚申堂」は、「青面金剛尊(しょうめんこんごうそん)」をお祀りしています。「青面金剛尊」は日本の民間信仰の一つである庚申信仰の中で独自に形成された、中国の道教思想に由来する信仰です。「青面金剛尊」は夜叉神(鬼神)で庚申信仰では三戸(さんし)を押さえる神として本尊とされます。

庚申堂
他2社については、由緒・由来は不明です。





「法伝寺」は、「吒枳尼天」を祀る神社とも寺院とも判然とは区別のつかない場所でしたが、是非桜の季節に訪れてください。きっと満足されると思います。

アクセス
JR京都駅前から京都市バス100系統(急行・錦林車庫行き)乗車 
岡崎道バス停下車 徒歩8分

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