2019年5月22日水曜日

【裁判傍聴記】被告人は窃盗症(クレプトマニア)です

被告人は近くのドラッグストアで、整腸剤と化粧品を万引きしましたが、店員に見つかり警察に通報されて、駆け付けた警察官に窃盗の現行犯で逮捕されました。被告人は、2003年以降、万引きを繰り返しており、前科も複数あります。
2003年に万引きで検挙されて以降現在まで、途中途切れた期間もありますが、精神科医に通院して、拒食症と窃盗症の治療を続けています。



罪 状 常習累犯窃盗
被告人 40代前半 女性

昨年暮れ、数々の記録を打ち立ててきた元マラソン日本代表の女子選手が、万引きで検挙された事件で、執行猶予付きの有罪判決を受けましたが、その背景に「窃盗症(クレプトマニア)」という聞きなれない精神疾患があるということが話題になりました。

フジテレビの「バイキング」という番組でもこの問題を取り上げ、「クレプトマニア医学研究所」の所長で医学博士の福井裕輝氏を招いて、事件を取り上げていました。

万引きなどの窃盗や窃盗未遂を繰り返し、10年間に3回以上これらの罪で6月以上の懲役以上の刑、または執行猶予付きの懲役刑の判決を受けた場合、「常習累犯窃盗」として起訴されます。「常習窃盗犯」は執行猶予が付く場合もありますが、3年以上の有期懲役となります。

今回の事件は、被告人の「窃盗症(クレプトマニア)」を情状として酌量すべきか否かについて、裁判の争点として争われる、注目すべき事件です。

当日の法廷は、最初に検察側、弁護側が追加の証拠申請と、弁護側は証人尋問の申請を行いました。


 事件の概要 

平成30年9月〇日、被告人は近くのドラッグストアで、整腸剤と化粧品を万引きしましたが、店員に見つかり警察に通報されて、駆け付けた警察官に窃盗の現行犯で逮捕されました。

被告人は、2003年以降、万引きを繰り返しており、前科も複数あります。

被告人は、夫と子供2人の4人家族で生活しています。

2003年に万引きで検挙されて以降現在まで、途中途切れた期間もありますが、精神科医に通院して、拒食症と窃盗症の治療を続けています。


 証拠調べの追加申請 

検察側は、窃盗症の診断資料としてアメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計マニュアル」(通称DSM)の最新版の診断基準の記載のあるページの写しを申請しました。
この申請に対し、弁護側は同意しましたので、採用されました。

弁護側は、検察側が申請したDSMの英文版の写しを申請しましたが、検察側は不同意です。裁判長が立証趣旨を弁護側に確認し、DSMの英文そのままで診断基準のニュアンスを確認したいとの趣旨を確認し採用されました。

弁護側は、情状証人2名も申請しました。1名は被告人の精神科での主治医の精神科医の医師、もう1名は被告人の夫です。これに対して、検察側は2名とも不同意としました。
裁判長は証人尋問の時間を確認して長くならないならということで、2名とも採用して証人尋問することとなりました。
(検察側は、この決定に不満そうな顔をしていました。)


アメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計マニュアル」(通称DSM)の最新版の診断基準は以下の5項目です。
引用:「クレプトマニア医学研究所ホームページ

A.個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。

B.窃盗に及ぶ緊張の高まり

C.窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感

D.その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。

E.その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ傷害ではうまく説明されない。

同研究所ホームページでは、次のように補足しています。

診断基準Aは、自分の欲しいものだけ盗むことが常習化している人や、お金がないので盗む人などを区別するためのものです。ただし、クレプトマニアであっても、まったく必要のないものだけを盗むという人はほとんどいません。

欲しいと思ったものを盗みつつも、必要以上の量を盗み、結局全部は使用しなかったり、必要のないものまでまで盗んで、自分でもあとから「何でこんなもの盗んだんだろう」と思うことがほとんどです。


 弁護側証人尋問 

最初の証人尋問は、被告人の主治医で精神科医の医師からです。

弁護人
先生の経歴について教えてください。
証 人
医師として33年、精神医学を研究しています。
摂食障害とクレプトマニアを診察して26年になります。
摂食障害は800~1000例診察しています。
クレプトマニアは20~30例診察しています。

弁護人
被告人とはいつからの付き合いですか。
証 人
2003年4月以降です。

弁護人
摂食障害について教えてください。
証 人
食に関する傷害で、拒食症と過食症があります。
過食症の場合、食べずにいられなくなるが、自己誘発嘔吐となり食べたものを吐かないといられなくなります。

弁護人
被告人は2003年に万引きを繰り返して捕まりましたが。
証 人
クレプトマニアは窃盗を繰り返しますが、お金が目的ではありません。自分では悪いことは分かっています。

被告人は過食症で、食べたものを吐かずにはいられなっていました。
クレプトマニアで診察した全員が摂食障害の過食症を併発しています。自分では食べたくないのに食べるのです。
窃盗と拒食症は関係があります。

いろんなものを盗ってしまう。そして半分使う。自宅にいっぱいあるのに盗ってしまう。
被告人の自宅の一室にはトイレットペーパーとティッシュペーパーが山積みになっていました。不要なものを盗らざるを得ない。緊張感と解放感が味わえるからです。

弁護人
クレプトマニアの治療方法はありますか。
証 人
治療方法は、精神療法と行動療法、薬物療法があり、治癒あるいは完治はあります。
クレプトマニアの治療は、早くて数か月から10年20年かかる場合があり幅広いです。

弁護人
被告人の最近の状況はどうですか。
証 人
2018年10月以降定期的に通院しています。
最近では、食べたものを吐かなくなった、体重を測るのをやめているとのことで、当初よりは落ち着いています。

検察官
被告人が先生のところに通院したのはいつですか。
証 人
2003年4月から1年程度、2006年~2007年の1年間、2016年8月の事件後保釈されて以降1月間、2018年10月の事件後保釈されてから以降現在までです。
今は週に1回通院して来ています。

検察官
治療法はどのようなものですか。
証 人
最初は、抗鬱剤と精神療法(カウンセリング)で、2018年以降は、精神療法と行動療法です。

検察官
DSMの診断基準のA項では、「個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく」とあります。今回被告人は、整腸剤と化粧品を万引きしています。明らかに自分が使うためのものを盗っていますが。
証 人
クレプトマニアであっても、まったく必要のないものだけを盗むという人はほとんどいません。従って被告人が自分に必要なものを盗っているといって、クレプトマニアではないとは言えません。

検察官
窃盗症のみ治療方法はありますか。
証 人
特にありませんが、摂食障害の治療と並行して、行動療法として「独りでは店に入らないようにする。」などがあります。

検察官
被告人が食べたものを吐くということでしたが、ご主人は警察の取り調べでは被告人が吐くということを供述していませんが。
証 人
被告人が、バレないようにしているということも考えられます。盗るという行動の中にバレないようにするというものもあります。

検察官
今後の治療方法は?
証 人
今後も精神療法、行動療法を続けます。

検察官
DSMの診断基準のA項では、「個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく」とあります。今回万引きした商品は、整腸剤と化粧品でそれなりに金額の張る品物で金銭的価値を求めたとは考えられませんか。
証 人
そうか知れません。クレプトマニアは「ケチ」という点で共通しています。被告人がお金が減ることを嫌ったと言えると思います。


次の証人尋問は、被告人夫です。

弁護人
今回の事件を聞いてどう思いましたか。
証 人
聞いて、またかと感じました。過去にも何度かありましたので、残念で裏切られた思いです。

弁護人
今回の事件で、被告人との関係はどうなりましたか。
証 人
一時はいろいろなことを考えましたが、家内とも話し合った結果、もう一度支えていこうということにしました。

弁護人
社会復帰後は、被告人が再犯しないために、どのように指導監督していきますか。
証 人
父と母とも相談して、定期的に家に来てもらって監視と監督の環境をつくることになりました。子供が2人いますのと、自分も働いていますので、ずっと監視できませんので。

検察官
被告人が再犯しないための監視や監督体制はどのようにしますか。
証 人
今まで以上に監視・監督していきます。

検察官
前回の被告人の裁判のときにも、あなたは証人として出廷して同じように証言していましたね。前回とはどう違うのですか。
証 人
前回と違うのは、両方の両親に交代で家に来てもらい、監視・監督してもらいます。そして買い物については、出来る限り私がまとめ買いをして、家内が単独で店に入らないようにします。

次回公判は、2週間後で追加の証拠調べがなければ、被告人質問と検察官の論告求刑、弁護人最終弁論、被告人最終陳述で、その次の公判で判決が言い渡されます。


 裁判の向う側 

「万引きをする人は繰り返す」、ということはよく言われます。裁判を傍聴していても、万引き事件は再犯率が高いです。

以前は犯罪者の心がけの問題、意識の問題で片づけていたようですが、精神疾患として研究して治療方法の研究も進んでいるということは知りませんでした。

今回の事件がどうなのか、裁判所がどう判断を下されるのかは、これからの話ですので、何も意見は言うことはできません。

このブログでは、この病気の存在と、専門家の先生が治癒あるいは完治はあると仰ったことをお伝えしておきます。
この病気で苦しんでいる人達はできるだけ早く専門医のもとを訪れ、治療に向けていってほしいと思います。

最初にも書きましたが、この病気の存在はテレビ番組でも大きく取り上げられましたので、司法当局や裁判所は既に対応されているのでしょうが、今までどおりの対応では難しくなるのでしょうね。

犯罪の抑止と、精神疾患としての窃盗症との対応をどう天秤にかけるのか。

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