2020年5月5日火曜日

【裁判傍聴記】冬場は釣りのガイドの収入が少なくてつい盗んでしまいました

被告人は、新幹線に横浜から乗車し、京都駅で下車するために、車内を出口に向かって歩いている時に、空いている座席に置いてあったトートバッグを盗んで下車しました。そしてトートバッグに入っていたパソコンは、京都駅のトイレで捨て、キーケースと名刺入れはリサイクルショップで売却しました。

File:JRC新幹線シリーズ300席のグリーンcar.jpg
資料写真(Wikipedia)
罪 状 窃盗(置き引き)
被告人 20代半ば男性
求 刑 懲役1年6月


事件の概要

平成31年1月〇日、被告人は横浜で開かれていた釣りのイベントに、プロのフィッシングガイドのゲストととして招かれました。イベントが終わり、被告人は帰宅するため、新大阪行きの新幹線にスポンサーと一緒に横浜から乗車しました。座席はスポンサーが用意してくれたグリーン席でした。京都駅に着いたので降りようとして席を立ち、出口に向かって歩いているとき、空いている座席にトートバックが置かれているのを見つけました。幸い周囲には他の乗客はいませんでした。被告人はとっさにそのトートバックを盗んで京都駅で下車しました。

被告人は京都駅で下車すると、駅のトイレに駆け込み、トートバックの中を確認しました。トートバックにはパソコンとキーケースと名刺入れが入っていました。パソコンは足が付きやすいので、トートバックとともにトイレの中に置き捨て、キーケースと名刺入れのみ自分のリュックの中に入れて、自宅に持ち帰りました。犯行の3日後、被告人は盗んだキーケースと名刺入れを自宅近くのリサイクルショップで売却し、2万4千円を手に入れました。

トートバックを盗まれた被害者の被害届けによって、犯行は警察の知るところとなり、新幹線の防犯カメラの映像とリサイクルショップの防犯カメラの映像の照合、リサイクルショップでの身分証の情報等から容疑者が特定され、被告人は窃盗の疑いで逮捕されました。

被告人は、東海地方の専門学校を卒業後、琵琶湖のある滋賀県でフリーランスのフィッシングガイドをするとともに、生活のため釣具屋でアルバイトをしていました。被告人に前科・前歴はありません。

フィッシングガイドの仕事は、冬場は客足が遠のくため、被告人は金銭的に苦しい時期であったことが、後の被告人質問で明らかになります。

被害者が盗まれたパソコンは業務用で、会社から支給されていた物であったということもあって、被害者は会社からパソコンの紛失で処分を受け、始末書を書かされています。

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資料写真(Pixabay)

起訴状朗読

検察官が起訴状を朗読します。


罪状認否

裁判長が被告人に黙秘権を告げた後、検察官の起訴状に対する認否を確認します。

被告人 間違いありません
弁護人 被告人と同意見です。


冒頭陳述

検察官が、事件の概要で記載した内容を陳述し、証拠調べを申請しました。弁護人が検察官の申請した証拠について全て同意したため、検察側の証拠調べに入ります。


検察側証拠調べ

検察側証拠として、リサイクルショップで盗品を売却した際の防犯カメラの映像、被告人の身分証の情報、新幹線の防犯カメラの映像等が提出され調べられました。


弁護側証拠調べ

弁護側は、書証として被告人の被害者に対する謝罪文と見舞金9万円を支払った旨の領収書を申請し、東海地方の実家に住む被告人の実母を、情状証人として承認訊問申請しました。検察側は書証については同意、証人訊問については「然るべく」としましたので、全て証拠として採用され取り調べられました。


証人訊問(被告人実母)

弁護人
被告人から金に困っている相談はありましたか。
証 人
なかったです。

弁護人
被告人に仕送りをしていましたか。
証 人
2~3ヶ月に1回、2~3万円位送金していましたが、事件当時は送金していません。

弁護人
被告人が逮捕されたと聞いてどうでしたか。
証 人
びっくりしました。まさかと思いました。

弁護人
被告人が保釈されて実家に帰ってきてからの生活はどうですか。
証 人
とにかくした事を家族で責め立てるよりも、事の重大さを息子を含め家族全員で話し合いました。釣りのガイドの仕事が減ってお金に困っていたけれど、仕送りを言い出せなかったと言っていました。

弁護人
被告人に対し、今後どうしていきますか。
証 人
家族として見放すことなく、サポートしていきます。何より彼の相談を聞きます。

検察官
被告人に対するサポートとは具体的には。
証 人
お金の使い道を聞いてあげます。息子も実家に帰ってきますので、父の畑仕事を手伝わせます。

検察官
被害者に対する見舞金は誰が出しましたか。
証 人 
私が出しました。もちろん息子には返してもらいたいと思っています。


被告人質問

弁護人
事件当時、どうやって生計をたてていましたか。
被告人
釣りのガイドと、釣具屋でバイトをしていました。

弁護人
事件当時の収入はどうでしたか。
被告人
冬場は釣りのガイドの仕事がほとんど無くて、1月頃は金はあまりありませんでした。

弁護人
事件当日のことを聞きます。新幹線のグリーン車で帰ってきていますが、お金はあったのではありませんか。
被告人
当日は横浜でのイベントの帰りで、スポンサーと一緒に新幹線に乗りましたので、グリーン車のチケットを貰いました。

弁護人
事件当時、お金がないことを両親に相談できなかったのですか。
被告人
できませんでした。

弁護人
トートバックを盗むことをいつ決めましたか。
被告人
新幹線から降りる直前です。

弁護人
リサイクルショップで手に入れた2万4千円は何に使いましたか。
被告人
生活費に使いました。

弁護人
被害者はパソコンの紛失で、会社から処分を受けて始末書も書かされています。
被告人
申し訳ないことをしたと思っています。

弁護人
今後の生活はどうしていきますか。
被告人
私には夢がありますので、これからも釣りの世界で生きていきます。

検察官
冬場の釣りガイドの仕事がないので、アルバイトをしていたということですが、今後お金が無いことがあればどうしますか。
被告人
今後は、金に困ったら父親に相談します。

裁判長
ご両親と被害者に迷惑をかけたことを忘れてはいけませんよ。
被告人
わかりました。


論告求刑

論 告
換金目的の窃盗で、足のつきそうなものは捨て置くなど、大胆かつ手慣れた犯行である。
動機に酌むべき事情はなく、身勝手な犯行である。

求 刑
被告人に懲役1年6月を求刑する。


弁護人最終弁論

金に困ってのとっさの犯行であり、酌むべき事情が少ないとは限らず、今後の更生に向けての生活を母親も協力することを約束しています。
被告人本人は相当懲りていますので、再犯の可能性は少ないと思料します。
執行猶予付きの判決を希望します。


被告人最終陳述

被害者をはじめ、家族にも迷惑をかけ申し訳なく思っています。


裁判の向こう側

今回の事件で被告人は、少しの気の迷いから犯罪を犯し、せっかくの「釣りの世界で生きていくという夢」を足元で台無しにしてしまいました。被告人はまだ若いので、今後いくらでも立て直しはできると思いますが、今後は決して独りで悩むことなく、真っ当に夢に向かってほしいと思います。

今回の事件は、今若者の間で流行っているフリーランス(自由業のことを最近はカッコよくフリーランスと云います。)に潜む問題を浮き彫りにしていると思います。

少し前までは、新卒で就職難民になった若者は、非正規の派遣社員の道を歩むことしか生きていくすべはありませんでした。

ところが、最近はネット上で「フリーランスで生きていく道がある」ということを盛んに喧伝し始めて、就職できなかった若者たちが、自分でもよくわかっていないのに簡単に「フリーランス」の道を行くということを言うようです。

でも、フリーランスで生きていくということは、そんなに簡単ではありません。技術的にも経営的にもしっかりした知識が必要で、安直にその道を選んだ者は、必ずといっていいほど挫折に陥ります。挫折しても立ち直れればいいのですが、今回の被告人のように、金に困って誰かに相談することなく、間違った道を選んでしまう者もいます。

若者が夢を持ち続けることは勿論大事ですが、しっかりとした意志を持ったうえで、リスクがあることを認識して進んでいってほしいものです。

今回の事件で、もう一つ問題が見えます。まだまだ情報セキュリティーに対する認識が希薄だということです。今回盗まれたパソコンが本体に情報を保存しないクラウドサーバーシステムであったとしても、座席にパソコンを放置しておくなど絶対にあってはならないことです。被害者の意識の低さが表れています。しっかり自覚しましょう。

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